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対馬軍事化時代の証し、戦時中の陸軍標石確認(読売新聞)

 戦前、九州・山口各地に設置された要塞(ようさい)地帯標石を長年、調査している長崎県佐世保市の元家電修理業・高橋輝吉さん(83)が、対馬市厳原町豆酘(つつ)を訪れ、豆酘崎砲台跡周辺で、標石計13本を確認した。

 高橋さんは「標石を平和教育や観光用に活用してほしい」と話している。

 標石は、1899年の要塞地帯法に基づき、軍事拠点の周囲に要塞地帯が設定され、一帯を厳重に保全するために設置された。高さ1メートル、一辺それぞれ約15センチの四角柱で、3段階に指定された区分や記号、設置年月日などが彫られている。

 高橋さんは、仕事先で戦争や要塞地帯などに関する話を聞くうち、関心を持ったという。兄2人を戦争で亡くしており、「悲劇を繰り返さないために記録を残したい」と、仕事を引退した65歳から本格的に調査を始めた。九州・山口県内の離島にも足を運び、これまで90本以上を確認した。

 高橋さんは、豆酘にも標石があると聞き、3月に2回訪れた。集落から豆酘崎砲台跡へ向かう約2キロの市道沿いのやぶの中で、「防」の文字と番号、裏面に「陸」、頂部平面に矢印が彫られた四角柱の標石を見つけ、写真撮影などを行った。

 要塞地帯標石ではなかったが、旧陸軍が豆酘崎砲台(1936〜39年)を築く際、軍道を設けるために民有地との境に立てた「境界石」とみられるという。

 高橋さんは「戦争体験が年々風化するなか、標石を史料として後世に伝えたい。戦略的な要地とされた国境の島の当時の様子がわかり、平和への教材として活用してほしい」と訴える。

 対馬の砲台史に詳しい厳原町久田の県嘱託職員小松津代志さん(61)は「標石は国境の島対馬が軍事化されていく時代の証しであり、当時の軍事についての考えや政策などが見える。その存在が忘れ去られようとしていく中での研究は素晴らしい」と話している。

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